
【本音吐露】とある鹿大生がマレー留学をした理由と、渡航前に抱えていた悩みとは?<KADAI LOG vol.2>
鹿児島大学生が言葉を紡ぐ、エッセイシリーズ「KADAI LOG」。今の鹿大生だからこそ伝えたい!あんなことや、こんなことをエッセイとして語ってもらいます。第2回は、マレーシアに留学中のKADAI INFO編集者のねじめんが紡ぎます。
<目次>

- 外の世界を見るようになった出発点
「世界は僕が思うよりも広くて、狭いんだ」―。鹿児島の地ですくすくと育った高校生は初めて渡ったイギリスに心を躍らせていた。2週間弱のホームステイに現地大学生との交流プログラム。何も特別な英語力を持っていたわけじゃない。今もそうだが、知っている限りの単語を一生懸命ぶつけていたと思う。
それまでというもの、僕と海外を結び付けるものと言えば、深夜のテレビでやっていた海外のお散歩番組「世界ふれあい街歩き」ぐらいだった。きれいな地中海を見渡すレンガの街並みに、昼下がりに洗濯物を干す現地のおばちゃん。どれもが別世界のことで、どこか他人事のように感じていた。
だからこそ英国の街並みはどれも真新しかったが、その世界にも当たり前のように生活する人がいた。地下鉄のホームに入ったら空気は悪いし、ホームステイ先の料理は思ったより質素だし。日本から一歩出た海外は、「何も特別な世界じゃないんだ」と初めて気付かされた瞬間だった。その時からだったと思う。東京や福岡、鹿児島と同じようにNYやパリで生活することを当たり前のように憧れるようになったのは。

- 繰り返す日常を壊してみたい冒険心
だから大学2年生の頃、友達から誘われた派遣留学の応募にも勢いで申し込んだのかもしれない。この頃あたりから、僕は何もかもバカみたいに興味を持っては、ポーンと無計画に走ってしまう病気にかかる。MBTI(性格診断)でいうと、典型的なENFPだ。もちろん、授業を受けて、レポートを提出して、空いた時間でバイトを入れつつ、友達と遊ぶ。大学生として健全な予定をこなしていたはずではあったが、「繰り返す日常にワクワクを突っ込んで壊してみたかったんだと思う」。
最初に志望した先は、バングラディシュのダッカ大学。「大学1年生の時に履修した授業でイスラム文化へ興味を持って、その文化で見られる言葉の在り方を見てみたいんです!!」社会言語学を専攻する僕が、2年生の夏休み前に行われた面接で塗り固めた文言はこんな感じだったはず。しかし、根本のきっかけを振り返ってみると、これまで行ったイギリスとは「また一味違う冒険をしてみたい」、というバカ丸出しの破壊的ワクワクが働いていた。しかし、その数週間後に合格通知が届いた。バングラディシュへの切符を掴んだはいいものの、「本当にバングラディシュに1年間住むの?」と不安がにじむ。そこからは、鹿児島大学近くのカレー屋、「ルポシバングラ」に行ってみたり、バングラディシュの街歩き動画を見てみたり、似非バングラディシュ大好き大学生になろうと演じていた。
そんな矢先、翌年の2月ごろに派遣先大学との協定の兼ね合いでバングラディシュではなく、違う大学を選びなおすように言われた。それを伝えられたとき、「少し考え直してもいいですか…?」何故かふと先生の前で涙ぐんでしまった。「つい最近までバングラディシュと無縁だった男が何をそんなに悔しがっているんだ」といつの間にかバングラディシュへ思い入れを持っていた自身に思わずツッコんでしまった。
- ドタバタ!就活と留学の両立

第2候補の派遣大学として挙がったのが、マレーシアプトラ大学だった。イスラムの文化圏でメディアやコミュニケーションについて学べる場所。当時はなぜか納得がいってなかったものの、条件の揃う良い派遣先だった。入学準備を始めたのは大学3年の5月。ゴールデンウイーク明けてすぐに、志望の申請書をマレーシアプトラ大学へ提出した。
そこから渡航するまでの半年間は正直あっという間。マレー語やマレーシアの文化に関する情報を入れる余裕なんてなかった。これまでのように授業を受けて、サークルの活動に、バイト、そして日課の書道の練習。どれも時間を重ねれば重ねるほど楽しみが染みていて、充実感に満ちていた。だけど、大学三年生になって突如と表れた問題がある。就職活動だ。ここからはそんな、就職活動へのボヤキを笑い半分に読んでほしい。
鹿児島大学で1年間留学する学生のほとんどは卒業要件単位や就職活動が間に合わず、卒業するタイミングを半年から1年延期している。だから、25卒として無理して就職活動をする必要はない。だけど、同世代の友達が就職活動をしている中で、のんびりとはしていられなかった。「この前まで金髪だったあの子が黒髪になってる。」「夕方の授業に、よく見るあの子が気慣れない黒スーツをまとって出席してる。」そんな、小さな変化から来る焦りならまだマシな方だ。そんなことより、焦りを一番に感じた要因は親や親心を持った大人からの心配の声。
Q.「就職活動は大丈夫なの?」
A.「大丈夫な訳がない。」
Q.「今の時期、なんでそんなチャラチャラした髪してるの?あなたはモデルでもアーティストにでもなるつもりなの?社会をもっとお勉強しなさい。」
A.「うるさい!五分刈りにでもしてやろうか。」
もちろん、前提としてこれからの進路を心配してくれることはありがたいことだ。その上で、物申したい。「大きなお世話だ」。一番の不安を抱えているのは、本人。だからこそ、温かい目で見守ってほしい。もしくは、自己分析を手伝って、志望理由書の添削をお願いしたい。
しかし結局、私は心優しい大人たちにそそのかされて大学3年生の夏、サマーインターンに参加した。大人たちからの圧はもちろんあったものの、その当時はそれを跳ねのけるほどの自信がなかった。地方大学である鹿児島大学でマスコミ就職を志望する僕にとって、敵という名の就活仲間はほとんどが都会の大学生たちだ。その得体が知れない学生たちに、変に気負いしていたのかもしれない。しかし、蓋を開けてみたらそんなことはなかった。過ごしてきた環境や、積んできた経験は違えど、「僕が鹿児島でやってきたことは案外、捨てたもんじゃないだな」。過小評価していた自分の武器を見つめなおすきっかけになった。サマーインターンで一通りの就職活動をして、少しかじった今なら言える。「留学準備をしながら就職活動に悩む、一年前の自分よ。焦るな。お前を評価してくれる人とはいずれきっと出会うはずだ。」
これからの展望として、「僕は2025年度で鹿児島大学を卒業します!」そんな宣言を自信持って言いたいものだが、そう簡単にはいかない。僕がマレーシアプトラ大学で取得した単位が、鹿児島大学に帰った時に上手く単位互換できるか分からない。残りの卒業要件単位を4年生の後期ですべて取得できるかも分からない。卒業前までに僕が納得のいく企業へ内定をもらえるかも分からない。もしかしたらギャップイヤーを利用して、世界中を旅し始めるかもしれない。何もかも分からないことだらけ。だけど、一つ決めていることがある。「今という一瞬において、諦めるという選択はしないこと」。どのキャリア選択をしても後々、後悔することはある。隣の芝が青く見えるのは世の定め。だからこそ、目の前の選択だけは諦めず、自分のワクワクに従っていこうと思う。そんな道端イズムで生きている、今日この頃は良い感じ。

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- あとがき
最後まで読んでくださりありがとうございます。今、僕はマレーシアプトラ大学(UPM)でコミュニケーション学を中心にお勉強に励んでおります。とはいえ、マレーシアでの生活はドタバタの連続。つい最近だとマレーシア国内を旅行している最中、COVID-19にかかりました。そして申請し始めて半年以上たった今、学生ビザの取得が未だ終わっていません。ついにはそのせいで、今度一度日本へ帰国することになりました。そんな毎日がハラハラする留学体験記は、またいつかどこかで。
そして筆者、ねじめんはこの記事を最後にKADAI INFOを引退します。「鹿児島大学をもっと面白くする」という先輩方から引き継いだ信念のもと、僕自身もワクワクする活動を仲間たちと一緒に続けてきました。これまで書いてきた記事は35本。全ての記事に僕の青春が詰め込まれています。そちらもぜひ、ご一読ください。これまで本当にありがとうございました。
そして、これからも鹿児島大学を盛り上げ続ける「KADAI INFO」にぜひご期待ください!!


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